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2016年3月28日月曜日

キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン。フェルガナ盆地で交錯する3国はこんな国

                                       写真 Ljuba brank

3月18日にフェルガナ盆地の国境沿いにウズベキスタンが軍を展開すると、キルギスもそれに応じて兵を派遣しました。26日にウズベキスタンが軍の撤退を始めると、キルギスも撤退を表明しました。急展開に次ぐ急展開のように感じられるかもしれませんが、このフェルガナ盆地はこの2国にタジキスタンを加えた国で国境や水源の争いが頻発する地域で、「中央アジアの火薬庫」とも呼ばれています。


旧ソ連の崩壊後にイスラム過激派が成長したフェルガナ盆地は麻薬やテロの温床となっている場所で、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンの3国の中でも特別な危険地帯です。フェルガナ盆地周辺の下の地図を見るとわかるように、キルギスとウズベキスタンとタジキスタンの国境が入り組んでいます。




ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンの国境が入り組むフェルガナ盆地




フェルガナ盆地の歴史は古く、古代中国で名馬として重宝された汗血馬の馬産地として名も知られ、何よりもシルクロードの通る道として東西の文化を結ぶ重要な役割を担っていました。フェルガナという国は中国の古典にも出てきて、石器時代に相当するころにもう集落が存在し、紀元前から70以上の町があったといわれています。


シルクロードの要所ということもあり、青銅器の時代からさまざまな民族が住み、東西の隊商が休む宿や商品を置く倉庫、それに舗装された道路などもあったようです。


地形としては天山三系とパミール・アライ三系に囲まれており、幅が150kmほどで東西に350km以上伸びています。


この地は19世紀後半にまだ帝政だった頃のロシアに編入されますが、現在の複雑な国境を引いたのは旧ソ連の指導者だったスターリンでした。民族や宗教が入り組むこの地域をさらに入り組んだ国境を策定することで、お互いが牽制し合い分割統治をしやすいものにしようとしたのかもしれません。



それがためにソ連が崩壊してキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンが1991年に独立してすでに四半世紀が経ちますが、いまだに解決の糸口が見えぬままです。





                  フェルガナ盆地に暮らす人々



それではフェルガナ盆地を分ける3つの国はどのような国なのでしょうか。



キルギス共和国


首都をビシュケクに置くキルギス共和国は国土の広さは日本の半分くらいで人口560万人ほど。そのうちの7割弱がキルギス系の民族ですが、その他ウズベク系、ロシア系、ドゥガン系、ウクライナ系とさまざまな人種が生活していて、宗教はイスラム教のスンニ派が7割~8割で、ロシア正教を信じている人も2割ほどいます。




中央アジアの他の国々は乾燥した気候の地帯ですが、キルギスは冬に結構雨が降る地域で、場所によっては地中海性気候にちかい気候のところもあります。特にイシク・クル湖はキルギス国内だけでなく、ロシアなどからのリゾート客も多く訪れる場所で、ソ連時代には政府の高官が避暑地として利用していた歴史があります。





イシククル湖ツアー | 東京発 | 地球の歩き方トラベル

日本からイシク・クルへのツアーも数多く組まれていて、イシク・クルに限らず、キルギスは「中央アジアのスイス」ともいわれる風光明媚な場所として知る人ぞ知る観光地になっています。もちろんキルギス全土がこうした自然だけの土地、ということはまったくなく、首都のビシュケクを始めとした都市もあり、旧ソ連時代に建設された建物を残しつつ、近代化された都市に生活している人がほとんどです。

それでも一部の人はジュルトやボズュイと呼ばれる古来からの住居に住み、遊牧の暮らしをしていいます。



言葉は国語がキルギス語で公用語がロシア語。




キルギスというともしかしたら「誘拐婚」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。フィラデルフィア大学のラッセル・クラインバック名誉教授によるとキルギスの既婚女性は35%~45%がお互いの合意がなく、男性に誘拐されて結婚していると推定しています。


古代の神話のような話で、ずいぶん昔から続いている風習のように思われますが、実際のところ「アラ・カチュー」とよばれるこの誘拐婚はソ連時代に入ってから増加してきたもののようです。


















現在のキルギスの大統領はアルマズベク・アタンバエフ大統領です。2011年に首相から大統領選挙に立候補して得票率63%で当選。圧倒的な支持を受けての就任でした。




元ソ連の流れを組み、ロシアとの結びつきを重視しているアタンバエフ大統領で、アメリカとの協力合意を廃棄する政府決定を支持したり、「民族間憎悪の扇動を目的とした行動のようだ」、「私は、このような不幸が繰り返されて欲しくない。私たちの国で管理されたカオス(混沌状態)をつくり出そうという試みを不満に思っている」と不快感を表すなど、ロシア寄りの外交政策を色濃く出しています。









ウズベキスタン共和国


キルギスよりも大きな国土を持ち、日本のおよそ1.2倍の面積があるウズベキスタン共和個には約2900万人の人が暮らしています。首都はタシケント。サマルカンドやブハラ、ヒヴァ、シャフリサーブスといったシルクロードの時代からの都市が残っています。サマルカンドは壮麗なイスラム建築が立ち並ぶ青の都と呼ばれ、ヒヴァやブハラは城壁にかこまれた町並みが今もその姿をとどめています。








サマルカンド 旅行ガイド - トリップアドバイザー




町並みと同じようにウズベキスタンの人たちのほとんどがイスラム教を信仰し、スンニ派に属しています。ロシア正教も少数ですが信仰している人がいます。民族としては8割弱がウズベク人で、言葉もウズベク語がほとんど。それでも数パーセントの割合でロシア人、タジク人、タタール人などやはり多民族がウズベキスタンで生活しています。



親和的な国民性を持つウズベキスタンの人々ですが、その生活はイスラム教が日常生活にもきちんと根付いていて、また家長制度もその特徴の1つになっています。そして年長者を敬い、訪問者厚くもてなします。

社会全体としては伝統的な社会構造を構成していて、「マハリャ」と呼ばれる共同体があり、それぞれが独自の伝統や文化を残していて、近隣同士が助け合う気風があります。




そんなウズベキスタンの大統領を務めていたのがイスラム・カリモフ氏でしたが、9月2日にタシケントで死去しています。


ウズベキスタン共和国の前身であるウズベク・ソビエト社会主義共和国のころからの大統領で、25年以上この国を束ね、ウズベキスタンの憲法では大統領の連続3選を禁止していますが、改憲に改憲が重ねられ、2015年3月に4選しています。




事実上の独裁で、反体制派はほとんど国内から一掃されているので得票率が90%を超えるほどになりましたが、国民もカリモフ大統領を支持していました。ウズベキスタン国内での石油や天然ガスの生産が低下、出稼ぎ労働者の働き先であるロシア経済の不調にもかかわらず、市民は不満を見せていません。


それは治安機関などを駆使して対抗勢力を除いていることもありますが、ウズベキスタン独自の「マハリャ」を絶妙な采配で統治しているのも大きな要因でもありました。



憲法に従い3ヵ月以内に大統領選挙が実施されますが、ウズベキスタン始まって以来の政権交代となります。選挙まではシャフカト・ミルジヨエフ首相が代行を務めていましたが、12月5日の大統領選挙で勝利し、正式に大統領に就任しています。




Click! 2016年に指導者が交代した国々(アジア・ヨーロッパ編)



タジキスタン


日本のおよそ40%の広さの国土に770万人ほどの人が住むタジキスタン共和国。首都はドゥシャンベ。この首都は「スターリンの町」という意味のスターリナバードという名前のときもありました。


キルギス、ウズベキスタン、中国、アフガニスタンと国境を接し、常に対外的な注意を払わなければならない位置にある国と言えます。国土のほとんどが山岳地帯で、ドゥシャンベの標高もおよそ700m。夏の最高気温は35℃くらいにまで気温が上がり、冬は0℃まで下がります。そこは日本とあまり変わらないかもしれませんが、雨はあまり降らず年間降水量も500㎜程度です。



民族は80%以上がタジク人で、タジク語(ペルシャ語の方言と言われる)を話します。その他にもウズベク人やキルギス人なども生活しています。宗教はやはりイスラム教のスンナ派が多数を占めます。


ソグド人が残した遺跡ベンジケントを始めとしてシルクロードの中継地点として繁栄した町の名残を今も目にすることができます。







タジキスタン旅行・タジキスタン観光徹底ガイド|海外旅行情報 エイビーロード





イスラム教を信仰するタジキスタンの人たちも地域のつながり、そして訪問者へのホスピタリティが強く、ペルシャをベースにして中国、ロシア、モンゴルといった国々から長い年月をかけて影響を受けた料理を振る舞います。地中海性気候に属することもあり、上質なブドウが育つ甘口ワインの産地としても知られています。




おもな産業はアルミニウムの生産ですが、実は国内総生産の30%近くをロシアで出稼ぎする人からの送金が占めています。なかなか安定した経済状況にはならないなか、やはりタジキスタンもロシアとの関係が強く影響しているのはキルギスやウズベキスタンと同じです。しかし、中国などとも国境を接しているタジキスタンはその2国とは外交政策がいくらか異なっているようです。




絶大な支持による独裁政権



タジキスタンの大統領はエモマリ・ラフモン氏。今年の1月に連続3選を禁じる憲法を改正し、当選回数を制限しない法案が下院で通過したため、ラフモン大統領も事実上の独裁政治を行っています。また、この改正法案では大統領に立候補できる年齢を35歳から30歳に引き下げていることから、現在29歳の長男がいつでも立候補できる状態を作ったと見られています。



5月23日には任期制限の撤廃を問う国民投票が行われ、94.5%という圧倒的多数で賛成が上回りました。これによってラフモン大統領は何度でも大統領に立候補することが可能になり、ラモン氏とその家族には刑事責任の免責特権も付与されています。



そうしたラフモン体制に反発するグループもまだ国内にあり、2015年には野党「イスラム復興党」(現在は活動禁止)だった元国防副大臣ナゾルゾダ氏が内務省を攻撃する事件が発生しています。



しかし、5月の国民投票によってこうした宗教性のある政党の結成も禁止となり、反体制派はさらに厳しい立場に追い込まれています。



1994年から大統領を務めているラフモン大統領の外交政策はロシアに寄りながらも多極外交を同時に行う特徴があります。ロシアだけではなくアメリカやインド、中国など経済力のある国に積極的な働きかけをします。




タジキスタン経済に投資している中で現在、中国が全体の40%を占め、さらにはインフラの整備にも中国資本が関わっています。それでも基本的にロシアを中心に据えた政策には変わりないようです。











キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンの3つの国が国境を接するフェルガナ盆地はこれからもそれぞれの国にとって重要な土地であり続けるでしょうが、最近はIS(イスラム国)もこの地域に目をつけ、テロの活動拠点として徐々にその勢力をフェルガナ盆地に伸ばしているという情報もあります。





参照
http://www.asahi.com/articles/ASJ932J28J93UHBI00Q.html




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